sympathy


何かを乗り越えてきたように見える人にシンパシーを感じる。

過去に何か強い喪失の体験があり、
一度は打ちひしがれて、無力感を味わいながらも、
そこからまた自ら生命力を発揮して、
しぶとくたくましく歩いているような人。
そういう人は男女問わず素敵だ。


誰かがいった、「不幸自慢は禁止」だと。
確かにその通りだと思う。
誰しも何がしかに傷ついた経験はあるし、
それを自分だけが特別なものであるように言うのは、
ありていに言えば甘えであり、
他人へのリスペクトを欠く行為になりかねない。

それでも、その人が自身の経験を振り返り、
はっきり「傷」と認識しながら、
それを言語化して相対化し、乗り越えるプロセスというのは、
「不幸自慢」などという形容では表せない、
一個の人間の「物語」として心を打つ。


真っ暗で、手を伸ばしても何にも触れない。
足元もおぼつかず、どこまで続くのかもわからない。
しかしいつか終わることだけはわかっている。
その上で、歩いてきた道だけが見えるのだ。
そういうイメージがこの生にはある。

そんな理不尽さに憤慨して、
もっとマシな環境を寄越せと運命を恨んで、
でもそんなものには怒りをぶつけられないから、
自分のルールに反したことをしているように見える他人を恨む。
それはやっぱり、タフさが足りないし、イージーだと思う。
気持ちはわかるが、少なくともありたい姿ではない。

人はどこかでそんな「志」に殉じるものではないかと思う。


ソーシャルではいろんな人の生きる姿が見える。
ほんとうに様々な人がいるが、
さまざまな感情を言語化しながらみんな生きている。
時々、そのこと自体にたまらなく感動してしまうことがあるのだ。



# by shinobu_kaki | 2017-10-21 21:41 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
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久しぶりに体重を量りはじめた。
iPhoneにデフォルトで入っている「ヘルスケア」というアプリに数値を入力する。
折れ線グラフで可視化させることで、自らに継続を促すためである。
プラス、腹筋などの運動は同じくiPhoneのカレンダーにメモする。
昨日はじめたばかりなのでどこまで続くかはわからない。
三日坊主かもしれない。
だけど最近、帰宅後の一連があまりにルーティン化してしまって、
本来ちょっとした快楽的な時間だったはずのひとときから少しずれた感じがあった。
それを打破したかった。
楽しみがルーティン化するもったいなさと、じわじわと体調の悪化する感じをだ。

「ヘルスケア」アプリの記録によると、前回の体重メモは2014年11月。
体重は今と1キロちょっとしか変わっていない。
もちろん今のほうが重い。
ただ、自分について言えば体重は20歳ぐらいの頃から5キロ前後しか変わっていない。

成人してからもっとも体重が軽かったのは、15年ほど前だった。
これは意図的に絞ったものだ。
当時の体重は今よりも数キロ重く、体重だけでなく全体的にたるんだ状態だった。
あるきっかけで、身体を絞ろうと決意した。
その日から炭水化物は半分に削り、毎日何かしら運動をすることを自分に課した。
具体的には夜、仕事が終わってから夜の街を走った。
距離はその日の調子に合わせたが、30分から1時間くらいが主だった。
当時は一人暮らしで、そういった極端な生活の切り替えについても自由だった。
週末になると、すでに入会していた徒歩3分のスポーツジムに通った。
体重は3ヶ月でかなり落ちた。1年以上続けたことになるだろうか、
結局、最大12キロの減量に成功した。
これはちょっとした自信になった。

副作用としては、大したことはないのだが抜け毛が増えた。
といってもハゲたわけではなく、
枕についた抜け毛の目立つ時期があったというだけだった。
減り続ける体重が安定するとともに抜け毛はおさまっていった。

その当時のようなハードな運動は年齢的にも状況的にも難しい。
思えば当時は牧歌的に気楽な立場を享受していた。
突然体重を減らそうとか、運動をしようというのは
非常にわかりやすい思いに根ざしている。
今の自分の停滞感を払拭したいのである。
当時もそうだった。今もそうだろう。

ところで昨日の運動後の、風呂上がりのビールは非常にうまかった。
バランスのいい生活、バランスのいい人生。
こんなアンバランスな人間はそれくらい標榜したほうがいいのだ。



# by shinobu_kaki | 2017-07-20 21:17 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
ふと思い立って、Twitterで以下のような募集をかけてみたのですよ。



そもそもの発端は、上記ツイートにもある「鬼龍院花子の生涯」である。
地上波でも何度も放映してるなじみの深い映画なのだが、
あらためてちゃんと通して観たのはごく最近になってからだった。
この映画、ポスターでも予告でもヒロインはどう見ても夏目雅子なのだが、
夏目雅子が鬼龍院花子ではないのである。
(ちなみに鬼龍院花子役の高杉かほりはwikipediaに項目すらない)
この構造はあらためて面白いな、と思ったのだった。
また、小説や映画やマンガだけでなくゲームも含めて知りたいという意味で、
ツイートには「ゼルダの伝説」を例として挙げた。

いくつかでも反応がもらえたら…というノリだったのだが、
1300を超えるRTという予想外の反応をいただき、
これはなかなか良いデータベースになるのではないかと思い、
簡単ではあるがまとめてみた。

なお、おわかりかと思うが、タイトルの後の( )内は、
物語の中の実質的な主人公と思われる人名である。





こちらからどうぞ!
# by shinobu_kaki | 2017-06-15 00:16 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

「怒り」について。

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人はどんな時に怒るのか。
「怒り」について、自分が以前ツイートしたものの中から抜粋。
メモです。長いですよ。





More
# by shinobu_kaki | 2017-02-14 19:58 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

夏の映画メモ。

ホワッツ・ニュー
みんな元気?

ごぶさたです。


最近、週末は家で映画を観ている。
いい時間である。

英語では夏の読書を「summer reading」などと言うようだが、
それの映画版という感じだ。
もちろん本もそれなりに日々読んでいるのだが、
なにしろメモを取ってないので何を読んだかわからない。
まあそんな中で、観た映画くらいはちょいとメモっておこうということで、
久しぶりにブログにこうして書いているわけ。

まあメモなので、簡単に。


『桐島、部活やめるってよ』

神木くんが秀逸。あとエンディング曲を歌う高橋優がいい。
その年の映画賞を総なめにした一本だけど、確かにという感じ。
非常に「わかってる」感じのつくり。

『アラビアのロレンス完全版』
これはDVDを持っていて、それで観た。
何度目かの鑑賞になる。もともと長いのに加えて、
持ってるのがデラックスコレクターズエディションときた。
227分。長い。
長いけど、ダテに名作の看板しょってない。ちゃんと面白いのだ。
個人的にはオマー・シャリフがとてもチャーミングと思う。

『ブルーバレンタイン』

https://youtu.be/2epESvYLZh8
この動画でもさんざん語られている一本。
信じられないくらい悲しい映画(という言い方もできる)。
でも、どうなんでしょうね。
結婚って生活でもあるから…みたいな、
要するにそういうことを人と語りたくなるような作品。
あと、ミシェル・ウィリアムスってこういう役多くないですか。

『息もできない』

家庭内暴力のトラウマがかすかでもある人は観ちゃダメ!な映画。
作品としてはマスターピース。
さまざまな感想が渦巻くけれども、
主人公の兄貴分マンシクが最後はうまいことカタギになって焼肉屋やったりして、
でも女子高生のお母さんの屋台襲ったのあんたもだよね?みたいな、
なんかこう、笑顔と人当たりって大事だなって思いました。

『英国王のスピーチ』
風格あふれる作品。ジェフリー・ラッシュの顔が好き。

『エイプリルの七面鳥』

トム・クルーズの奥さんだったケイティ・ホームズが主演です。
それにしてもトムは人生のかなりの部分をサイエントロジーに…。

『ライフ・オブ・パイ』
撮る映画の脈絡がよくわからない鬼才、アン・リーの映画。
虎と漂流するインド人青年の話だが、
非常に奥の深い寓意とメタファーに満ちた物語。
この映画はすごいよ。
ひたすら美しくもありながら、ぞっとする部分もあり。
忘れられなくなる一本。

『グラン・トリノ』
イーストウッドの映画の中でも評価のとりわけ高い作品。
デトロイトという象徴的な街に、イーストウッドは
ポーランド系の自動車組立工の偏屈じいさんという象徴的な役柄で出演。
観た人にけっこうな傷を残す感じの映画だと思う。
映画に託されたテーマから考えても名作。

『マイレージ、マイライフ』

主演はジョージ・クルーニー。演出のテンポが非常に良くて、
決して軽くないテーマを軽やかなリズムで観られる。
ラストについてはいくつかの解釈があり、それはこのまとめに詳しい。
(私家版)『マイレージ、マイライフ』の一解釈をめぐる映画評論家町山智浩(@TomoMachi)と@my_yoursの議論


『ハート・ロッカー』
キャスリン・ビグロー監督はこれで、史上初の女性によるアカデミー監督賞受賞者に。
イラク戦争での爆弾処理班の懊悩がテーマだが、ブッシュ政権のイラク戦争に対する
巧妙なアンチテーゼになっているあたりが授賞のポイントかな。

『レボリューショナリー・ロード』

ディカプリオとウィンスレット演じる夫婦の、結婚生活の破綻を描いた映画。
この二人と言えばもちろん『タイタニック』のカップルなわけで、
その時点で強烈なアイロニーを感じないではない。
トラウマチックな話なのだが、静謐な感じが漂うのは
監督サム・メンデスの教養という感じがする。

『そして父になる』

久しぶりの是枝映画がこれだった。
リリー・フランキーが映画にひっぱりだこなのがわかった気がした。
福山雅治が主演ながらバランス崩してたきらいもあった。でも最後は泣いたなあ。
どうも自分が父になってからは、父子ものって涙腺を刺激しすぎる。
いろいろとひどい話なんだけど、ありえなくはなさそうな設定なのがさすが。
愛の対極は「かたち」であって、
福山演じるパパはことごとく「かたち」を取ってしまうんだよな。

『アンダーグラウンド』
20代の初めだったかなあ、これ観たい!と思って
それっきりになってしまっていた一本。
めでたくこのたび、最後まで観ることができました(挫折経験が一度ある)。
結論から言うと非常に好きなタイプの映画で、
しかもいざ観てみたら、ここに挙げているすべての映画の中でもベストだった。

『ミスティック・リバー』
キャストの豪華さに魅かれて観た。
ショーン・ペン、ケビン・ベーコン、ティム・ロビンス、監督がイーストウッドですよ。
観るでしょう。
これもひどい話で(イーストウッドはいつもひどい話ばかりな気がする)、
人が生きていて悲劇に巻き込まれるのはしょうがないんだ、
みたいに言われてる気になる。
あと、ショーン・ペンの出てる映画っていくつか観てるけど、
駄作ってない気がするんですが気のせいですか。


という感じで。
さて、次は何を観ようかなあ。
# by shinobu_kaki | 2016-09-28 00:31 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(4)

20160516

日々の達成目標をイメージして、
それができたら自分の心の中で祝い、慰労する。
ビールでもなんでもいい。

あまり長期スパンで考えない。
考えてもわからないことは考えてもしょうがない、
それはどうでもいいことだ。

他人という不確定要素についても同様で、
他人のことは考えてもわからない。
他人を前提に組み込んだ想定はなるべくしない。

できることをやり、やってみたいことをやる。
できないことははっきりと表明する。

人ははっきり断られることは嫌いではない。
断らずに困ったり不快感を表明するほうがよほど悪い。
目の前の相手に困られると、自分が相手を困らせた悪人ということになり、
人はそういう自分を許容できないために、困っている相手を否定する。
だから屈託なくはっきりと意思を表明したほうがいい。

シンプルに生きる。

シンプルに生きる、というのは態度を決めるということだ。
態度を決めるというのは、
何かを捨てたり嫌われたりすることも辞さない、
こっから先はぜんぶ持っていってもいいよ、
でもひとつだけこれは守るからね、という覚悟を持つってこと。

違う言い方で言えば、
どこかで誰かに笑われていたとしても構わないということ。
そこは大事なものではないから捨ててしまう。
抱える必要がないものだ。

誰にとっても、どうせいつかに人生の終わりはくる。
それがいつかはわからない。
起きてしまった過去は消せないし、
なかったことにはできないけれど、丸ごと押し流してしまう。
誰しもそうやって生きるしかない。


短く、軽く、一日ずつ。
なるべく拘泥や執着から離れていくこと。


目が覚めて、
あれっ、自分はこの先どうやって生きていけばいいんだっけ?
と思う朝に。
# by shinobu_kaki | 2016-05-16 08:32 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

ナイーブさについて。

ナイーブ、という人物形容に良い意味はない。

ときどきナイーブさ=敏感さ、みたいに思われがちだが、
それはセンシティブという別の表現があるのであって、
ナイーブというのは少なくとも自分の中では、
未成熟で脆弱で折れやすい、ただの精神的ひ弱さでしかない。

そう前置きしたうえで、自分はナイーブかナイーブでないかというと、
明らかにナイーブなほうに入るのだろうと思う。
また、シャイかシャイでないかという区分に置いてもやはり、
シャイなグループに入ってしまうのは否めない。
年をそれなりに取っていけばこういうものは徐々に改善されて、
年相応のタフな大人というものに自分ですらも変貌を遂げるのだろう、
それが言い過ぎならば収まるべき姿に収まるのだろうと考えていたものの、
どうやら43歳という年齢になってもフラジリティを持ったままである。

ナイーブさを自覚する具体的な例として、
他人に相対したときの精神コンディションの不安定さがある。
屈託があるのである。
自分が思っていたり相手に伝えたかったりすることが普段あったとして、
その場面においてあるべき形で表出できずに、
あとで忸怩たる思いを抱く…ということもそれなりに多く、
またそういった自分の中のバイオリズム的なアップダウンに抗うことができない。
人が人を「タフ」だと言うときの中身というのは、対他人ではなく、
この自分の内部の屈託に対するタフさのことではないかと思う。
# by shinobu_kaki | 2016-04-30 23:06 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
映画を嫌いな人はいないという。

「いや、映画嫌いだよ。まず観に行くのが面倒くさい。それに値段も高い」
という反論がありそうだが、
これは映画が嫌いなのではなくて、
「映画を観るための手続きにハードルがある」ということだろう。

もっと違う定義、そうね、
「映像による物語作品」を嫌いかどうか、かな。
そうすれば答えはもう少し違ってくるのかもしれない。

子供の頃、授業のカリキュラムの一環として、
クラスのみんなで映画を観たことがある。
いくつか覚えている中では、
『ドン松五郎の一生』『零戦燃ゆ』『スタンド・バイ・ミー』
そんなところだ。

『スタンド・バイ・ミー』は長かったので、
2週に分けて観たよね。
みんな感動していた。
確か自分も感動していたと思う。
大人が観てもいい映画だからね、無理もない。

『スタンド・バイ・ミー』はスティーブン・キングの原作で、
もともと奇妙な話なんだけれど、
12歳という「少年期の終わり」を描くロードムービー、
という立ち位置が非常に象徴的で、
乾いた感じの映像も、ラストに流れる主題歌もとても良かったし、
もちろんリバー・フェニックスをはじめとした俳優も素晴らしかった。

こういう記事があった。
映画「スタンド・バイ・ミー」のロケ地の当時と現在を比較した写真20枚
驚くほど変わっていない、というのが印象だし、
多分今後大きく変わるということはないのではないか。
うらびれた日本の田舎がそうであるように。


さて、最初に書いた話についてである。
「映画を嫌いな人はいない」というやつ。
なんでそんなことを言いだしたかというと、
とある本(小説である)を読んでいて、
「映画は観ない人も結構いるだろうが、本を読まない人のほうが多いかもな」
とふと思ったのだった。

映画はテレビ(金曜ロードショーとかああいうやつね)によって、
映画館に行かない人にも触れる機会ができていた。
でも、本を読まない人は何があろうと本を読まない気がしたのだ。

誤解を恐れずに言えば、
映像というのは怠惰な人にも優しいメディアである。
受け身でもってぼんやり触れることも可能であるという意味で。
しかし本はそうはいかない。
ある程度の意志がないと本は読めない。
あるいは意志を必要としないくらい習慣化できている人、
そういう人が本を読むのだと。

自分はいつも何かしら読んでいるといえばいるが、
比較的だらだらと、前に読んだものでも繰り返し読むという感じである。
征服するような読書ではない。
なのでトータルの読書量というのはあまりないはずである。
まあ、こういうのは競うものではないのでいいのだが、
スタンダードをきちんと押さえている早熟な読書家には、
どこか遅れをとってしまっているような気がするのも確かなのである。
# by shinobu_kaki | 2014-12-10 17:36 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
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ここらで広告コピーの本当の話をします -Amazon

※以下、読書メモとして。

---
広告の役割とは「モノとヒトとの新しい関係を創ること」
---
「言葉を使ってモノとヒトとの新しい関係を創り、商品や企業の価値を上げる」
のが、広告コピーによる広告クリエイティブということ
---
「価値」とは相対的なもの。価値は人によって異なる、その人が決める
---
“商品”の広告コピーは成立するが、
“カテゴリー”の広告コピーは成立しない
---
商品の具体的な情報、競合商品との違いがわからない状態で広告コピーは書けない
---
(なぜ日本ではUSPがとりわけ大事なのか)
日本は海外に比べてハイコンテクスト文化である
そのベースには、日本は民族性、経済力、文化度などが近い人が
集まっているという背景がある
---
(アメリカやヨーロッパは多様性のある人種・民族構成であり価値観も多様)
なので日本に比べるとローコンテクストな社会といえる
だから人類全部に共通するような普遍的なメッセージをベースにしながら、
「とにかくこれが最高」「これを買っておけば間違いない」といった
おおざっぱな突き抜け感がないと、一部の人にしか伝わらず機能しない
---
USPとターゲットの2つが揃わないと、広告のコピーを書くことはできない
---
「キャッチフレーズ」と「タグライン」
---
ターゲットの関心をキャッチするためのコピーが「キャッチフレーズ」
「定義づけ」に特化したコピーが「タグライン」
---
言葉はもともと「約束」するために使われたもの
---
ビジュアルにはもともと嘘が含まれる、という共通認識があります。
そもそも絵画とは主観によって誇張されるものだったからです。
---
「マーケティング」とは、ひとことで言えば、
押し売りの正反対を目指す企業活動のこと
---
コピーを書くにあたって最初にすることは、競合を調べること
---
仮想敵を定め、その強さを知ること
---
ただの「特徴」とUSPを混同しないこと。
USPとは、あくまで「競合に対しての」優位性
---
ターゲットインサイトは見つけるもの。
決してつくるものではない
---
2014年度、インサイトを見つけることで最もヒットした商品は
「妖怪ウォッチ」ではないか。
子どもには子どもなりのいろんな悩みがあるのだ、
ということをアンケートで見つけ出し、
その悩みの原因は妖怪が取り憑いているからだ、という設定にした
---
タグラインが先、キャッチフレーズが後。
理由は、タグラインのほうが重要だからで、戦略そのもの
---
重要なのは、ターゲットに「自分に関係ある話かも」と一瞬で感じてもらうこと。
---


ダイレクト広告はそれ自体が店舗である
---
ダイレクト広告のキャッチフレーズは「商品を買うことで得られる喜びMAX」で
つくられることが多い
---
クロージングコピーとはその場での決断を促すための提案をするもの
---
キャッチフレーズを読んで、商品の説明文まで読んでいるターゲットというのは、
すでに買おうかどうか迷っている状態、
そこにすかさず「今だけ、一ヶ月分無料!」とやることで、
購入への最後の心理的ハードルを越えてもらう
---

---
ブランドとは「気持ちいい記憶」である
---
ブランドとは、ラベルを見ることでターゲットの中に気持ちいい記憶を
蘇らせる作用のこと
そして、ブランドロゴとはそのトリガー
---
脳内麻薬と言われる「ドーパミン」は、以下のような時に分泌される
・楽しいことをしているとき
・目的を達成したとき
・他人に褒められたとき
・新しい行動を始めようとするとき
・意欲的な、やる気が出た状態になっているとき
・好奇心が働いているとき
・恋愛感情やときめきを感じているとき
・セックスで興奮しているとき
・美味しいものを食べているとき
---
習慣的に飲食するものが美味いと感じる
---
脳が勘違いして過剰にドーパミンを出す状態を「依存症」と呼ぶ
---
ソーシャルゲームが流行っているのは、ドーパミンの出し方(出させ方)が
旧来のTVゲームよりも巧妙になっているということ
---
ブランドの強さを測る指標は大きく3つ、
1つは、気持ちいい体験の蓄積度
2つ目は、その人がその時、感じている課題との関係の深さ
最後は、ブランドロゴを目にする頻度
その商品を体験した回数が多く、その商品が必要とされていて、
ブランドロゴを通じてその商品のことを思い出す回数が多いほど、
ブランドは強い、ということ
---
人は自己実現欲求を満たすために
「商品にくっついてくるストーリー」を買う
商品の購入は目的ではない、
目的は新しい自分。
商品は使用によって得られるストーリーのための手段
---
広告が表現しているのは、
「この商品を買うと、あなたの人生にこんなストーリーが生まれますよ」
ということ
---
キャッチフレーズを書く時にも、
「シーンをどう表現するか」という意識は大事
---
生理的なものだけでなく、
「新しい自分になれる」という気持ち良さもある。
そして、社会が成熟するほどその欲求は高まってゆく
---
「お金」とは何か。
19世紀の社会学者ジンメルによれば、
貨幣とは「人間活動が結晶化したもの」。
---
お金、商品というのはそれを生み出した人々のストーリーの象徴
僕らはお金や商品をやり取りしながら、
人々のストーリーをやり取りしている
だから、商品にとってはストーリーが大きな支えとなる
---
1988年のロバート・B・チャイルディーニ「影響力の武器」
人間の非合理的な決定に影響を与える6つの要素(CLARCCS)
・社会的証明 Comparison
・好意 Liking
・権威 Authority
・返報性 Reciprocation
・コミットメントと一貫性 Commitment/Consistency
・希少性 Scarcity
---
世のCDは、コピーや企画を提案されて「まいった!」「負けた!」と言いたい
---
きちんと体裁にするのは最後の最後
---
2案発想
「信じる」と「疑う」を同時にやる
---
「人間は、考えるという真の労働を避けるためなら何でもする」エジソン
---

---
言葉というものの役割は、大きく2つあります。
1つはコミュニケーション。
もう1つは思考の補助です。

たとえば人以外の動物は「夢」を考えることができません。
言葉がないからです。
言葉があれば、目の前の具体だけでなく、
言葉のメタファー(隠喩)を利用することで
存在しない抽象をも考えることができます。
(略)逆の言い方をすれば、人は言葉を超える思考ができません。
思考は言葉に縛られますが、自由に言葉を使いこなせれば、
思考は広がり、人の行動も変えていきます。
つまり、言葉が人の行動を決めるのです。
---

ここらで広告コピーの本当の話をします -Amazon

※主に、ですます調の部分は引用、それ以外はメモとして書き付けましたが、
 もちろん内容はほぼそのままの引用です。
# by shinobu_kaki | 2014-11-18 16:42 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)
えーっと、久しぶりに書いてみます。

「印象のみで」というだけあって、
わりと勢いつけて一発で書いてる感じです。
特に調べたりもしないアドリブエントリ。
詳しい人、そりゃ違うんじゃないのみたいなメールをしてこないように。


【ピカソ】
私的代表作「ゲルニカ」

多作。とにかく多作。
物理的な時間に照らして計算が合わないくらい多作。
あと、上手い。上手いって言い方もあれだが。
女好き。
タッチの変遷がすごい。
「何とかの時代」という名前を一人でいくつも持っている。
上野の美術館で作品を見たが、10代の頃のがわかりやすい上手さで、
年を経るに連れて見るひとを選ぶ作風になってく。
キュビズムは正直良さがよくわからん。
画家というのはエネルギーの塊だと思うが、かなりエネルギー過多な人。
あと、フルネームがやたら長い事でも有名。

【ゴッホ】
私的代表作「星月夜」

ゴッホはせつないよね…。
知り合いにこの人がいたらちょっとつき合うの辛いと思う。
「耳を切った」というエキセントリックなエピソードが有名過ぎて、
そうした本人の「存在の苦渋」といった生き方がほとんど作品。
生前は一枚しか絵が売れなかったとか、
猟銃で自殺しようとしたとかさ。なにしろ存在が強烈過ぎた。
でもゴッホが凄いのは、加えて絵もいいってことだ(当たり前だ)。
パラノイアックというのか、見てるだけで少し疲弊しそうな粘り強いタッチ、
そのくせ全体的にはポップな印象も持ってる。
抜けてる感じがちゃんとある。
そしてモーツァルトとはまた違った、才能の犠牲者という感じもする。

【ゴーギャン】
私的代表作「われわれはどこから来たのかわれわれは何者かわれわれはどこへ行くのか」

ゴッホの「耳切り事件」はゴーギャンとの共同生活の際に起こったということで、
ちょっとその印象に引っ張られてる。
まあ「切ったのはゴーギャン」という噂もあるわけですけど。
絵そのものでいうと実はゴッホよりずっと好き。
色使いがビビッドでおおらか。それゆえにゆったりした印象もあるが、
この人の人生は経済的にけっこうハードモード。
それなりに稼げていた証券会社をやめ、稼げる見込みのなかった画家を選択する。
家族には非常に迷惑をかけた人であるが、
画家で経済的に成功した人というのは確率的に奇跡みたいなものなのでやむなし。

【モネ】
私的代表作「睡蓮」

印象派と言えばこの人。
印象派って、最初はインパクトに欠けるので、
それほど好きにはなりにくい。
もちろん自分の場合は、ということですけど。
「睡蓮」が非常に有名。

【マネ】
私的代表作なし

名前で損してる。
あまり絵自体の印象がない。無知なだけですが。
モネが「睡蓮」という「勝負絵」あるいは「スター絵画」を持っているのに比べ、
これというのがない気がするんです。

【ゴヤ】
私的代表作「我が子を食らうサトゥルヌス」

ベラスケスと並んで「スペイン最大の画家」と言われる。
宮廷画家。映画があったよね。『Goya's Ghosts』。
邦題は『宮廷画家ゴヤは見た』と家政婦っぽい。
西洋美術で初めて女性の陰毛を描いたというインモラルな話があるが(ゲフンゲフン)、
個人的にはゴヤと言えばやっぱり「我が子を食らうサトゥルヌス」だよなー。
「黒い家」の印象も強い。要は怖い絵を描く作家。
ちなみに有名な「巨人」は、ゴヤの弟子の作だと結論されているらしい。

【ミレー】
私的代表作「晩鐘」

農民。

【クリムト】
私的代表作「接吻」

クリムトはちょっと思い入れがある。
以前ウィーンに行った時にクリムトを見たんです。
いえ本人じゃなくて美術館で絵を。本人とっくに死んでますし。
よく言うじゃないですか、本物を見るとそのジャンルに目覚めることがあると。
ビールが苦手だった人がサッポロビール園でビールに目覚めるみたいな。
僕はちょっとファインアートコンプレックスみたいなものが少しあって、
いわゆる「一流の絵画の良さ」みたいなものがわからないと思っていたし、
実は今でも思っているんです。
でね、ヨーロッパの美術館で(ベルヴェデーレだったと思う)、
あのクリムトの作品を見る、いや観る機会を得て、
これできっと自分は雷に打たれたような、
村上春樹の表現を借りれば「皮膚的なショック」を受け、
たちどころにファインアートコンプレックスは解消されるであろうと。
しかし結果的に言えば、クリムト以前と以後で、
自分のそういった感覚というのものにさしたる変化は起きなかった。
渋谷の美術館で観た棟方志功のほうがよっぽどショッキングだった。
(もちろん棟方志功をくさして言っているわけではない)
年齢のせいかもしれないし、自分とクリムトのマッチングのせいかもしれないし、
あるいは本当に自分には「ファインアートに感応するコード」がない、
ということなのかもしれないと思ったなあ。


…っていうか、クリムト関連で一本のエントリにすべきだった(汗

というところでpart1はここまで。
では「part2」で、いずれまたお会いしましょう。



類似エントリ

偏見(イメージ)のみで欧州を斬る!

印象(偏見)のみで大作曲家を斬る!


印象(偏見)のみであの楽器を斬る!

# by shinobu_kaki | 2014-10-18 22:55 | エウレーカ! | Trackback(2) | Comments(0)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki
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