ネズミにビールの味がわかるか:美味しさの研究と動物実験

家の本棚から久しぶりに「読むクスリ」など引っ張りだして読んでいた。
「読むクスリ」とは上前淳一郎が週刊文春で2002年まで連載していた、
「ちょっといい話集」とも言うべきミニコラム集である。
20代の頃、これの文庫を本屋で見つけては買い集めていた時期があったのだ。
我ながらちょっと渋いと思ってはいたけれど。

その中にあったのが、上のリンクと同じ内容のエピソードである。
「ネズミはビールが好きです。水と並べて置きますと、ビールのほうを飲むんです」
とある。はじめは飲み比べているが、
二日目にはまっすぐビールへ向かうのだという。
これはちょっと面白い。

アルコールに魅かれるというわけではないらしい。
なぜならビールとアルコールを並べて置くと、ビールを選ぶのだ。
ネズミはビールが好きなのである。
そして飲むとどうなるか。
酔っぱらって寝る。平和である。

さらに面白いなと思ったのが、
結論から言うと、
「ネズミが好むビールの銘柄と、人間が利きビール実験で選んだ銘柄が一緒だった」
という事実である。これはすごいよ。
だって大雑把に言うならば、
「生物が絶対的に好む銘柄が存在する」
ということになるかもしれないからだ。

その銘柄は明かされていない。
だってビールメーカーにとってそんな科学的な結果を公表されたら、
売り上げ的に死活問題だからね。
そしてネズミと人間が共通して好むビールの特徴は何か。
それは、排尿性だという。
要はおしっこが出やすくなるビールを、ネズミも人も好むのだ。
へえという感じである。

成分的な話をすると、
ビールの組成はカリウムが非常に多く、ナトリウムが少ない。
翻って、人の血液はナトリウムが多くカリウムが少ないのだと。
「ビールを飲み過ぎて血液中のカリウムが増えるのが困るのです」
なのでカリウムは尿と一緒に排泄されてしまわないと、
細胞の活動に関わるということになる。
排泄が活発なほうが身体にいい、ということになるようだ。
言い換えると、
「身体にとってダメージが最少の選択をしている」
そういうビールをネズミは選んでいるということ。

しかし、こうなると銘柄が気になるところだ。
どちらにせよ僕なんか、
銘柄に関わらずビールを飲むとトイレはかなり近くなりますけど。
# by shinobu_kaki | 2013-01-17 23:28 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

雪の日の2013

前日から雪かもという予報が出ていた今日の祝日だが、
朝起きて見るリビングの窓の景色は雨だった。
日照のないダークな空は確かに見るからに寒そうで、
寒そう、というのはうちのリビングはいつもそこそこに暖かいからだが、
これは雪になると言われると確かにそういう空かもしれないなと思った。

そんな風に思いながら食事を済ませたり落ち着いたりしていると、
ぼんやり見ていた窓の外に降る雨粒が徐々に、
ひらりひらりと白い大きな塊になるその瞬間を見てしまった。
まさにこの瞬間、雨が雪になったのだ。

その後の雪の猛威は周知の通りだが、
それにしてもかなりしっかりと降った一日だった。
電車は止まり、あるいは徐行し、バスはチェーンを履いて走る。
家の周りでも救急車のサイレンが何度となく聴こえた。
ちょっとした緊急事態である。首都圏は雪に弱いのだ。
いつもは雪の中決行される高校サッカーの決勝も延期になってしまった。
とにかく、それぐらいの雪だった。

家族三人での昼食を終えると、ダウンを着込んで一人して買い物に出た。
スーパーへの食材の買い出しである。
普段は自転車で数軒回って歩くのだが、今日はさすがにそうはいかない。
バスに乗って少し離れたところにあるOKストアでまとめ買いを試みた。

歩道の雪はそれほどでもないが靴が埋もれるくらいには積もっていて、
さらに気温が中途半端なので要はシャーベット状の雪になる。
ズチャッ、ズチャッという音を立てながら、
ルパン三世のようなトリッキーな足取りでバス停へ小走る。
ゆっくり歩くと靴へと雪が染み込むような気がしたからだ。

それにしても自分は雪道で転ぶということがついぞない。
これは雪国生まれのスキルとして完全に雪歩きが身に付いているということか。
よほどのアイスバーンでも転ばない。
わりとスイスイ、早足で歩くようにするのである。
東京生まれの妻には驚かれる。
もちろん自分では当たり前のことなので何とも思わない。

バスを降り、スーパーへ。
いつもは非常に混み合う人気スーパーがガラガラだった。
車で来る人が地理的に多い店であるから仕方ない。
野菜を買い、肉を買う。
ビニール袋2つ分の荷物を抱え、またバス停へと歩く。
ここまで来ると靴は完全に濡れている。
いかに雪道の転ばぬ得意と言えど、足が濡れるのには無力である。

バスでおよそ10分、自宅に着いた。
玄関先で靴下を替え足を拭き、
まずはシャワーを浴びて身体を温めた。
窓の外には粒の大きな雪が降り続く。
土砂降りの日などもそうだが、
悪天候時に自宅に籠るというのは何がしかの快楽を感じさせる。
セーフティゾーンにいることの愉悦。
あとは夜までゆっくり。
そんな連休の週末最終日であったのだった。
# by shinobu_kaki | 2013-01-14 22:32 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

想像力とかについて。

人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだよ。
人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。
チャーリー・チャップリン(「ライムライト」より)



想像力は人間の偉大なスキルのひとつである。

いわゆる五感を通して得られるもの以外の部分を、
自ら作り出す能力が想像力と呼ばれる。

主にポジティブな意味で使われることの多い想像力だが、
もちろんネガな側面もある。不安や恐れの助長である。
これらはまさに想像力の産物だ。

恐がりな人、不安がちな人は想像力を働かせ過ぎなのだともいえる。
他人はそれに対して「そんなに怖がる必要なんてないのに」と笑う。
想像力を豊かに働かせ、リスクをイメージしているのになぜ笑われるのか。
それは、必要のないことに思索を費やすのは愚かだという、
過ぎたるは及ばざるがごとし的な部分を感じるからなのだろうな。

人生は恐れなければとても素晴らしいものだ、とチャーリーは言う。
どうなんだろうね。
ここにはポジとネガの反転の話が抜けている。
もちろん一種の励ましであり慰めといった意味にもとれる名言であるから、
それでいいのだと思うけれども。

思うに、想像力の本当に豊かな人というのは例に漏れず怖がりなのではないか。
人が想像力を働かせる時点で、
まるで天に伸びる枝と地中に伸びゆく根の関係のように、
ポジとネガの両方に向かっていくことは避けられないのではないかと思うよ。

だから妙にポジティブな人に触れると時々イライラするのは、
その人の中の欺瞞性にイライラするのではないかな。
スイッチを切ってるんだよね、ネガに行きたくないから。
ネガな自分を認めたくないから。そういう自分でいたくないからね。
それはその人の問題だから他人がどうこう言う権利などないけど、
人には他人を見てイライラする権利ぐらいはある。
ただ、得はないかな。

そして、他人を見てイライラするというのも言ってみれば愚かな行為で、
相手と自分を重ね合わせる自己同一化的な心の働きなのではと思う。
つまりこれも想像力。
恋愛もそうでしょ。
相手のことをよく知らないのに好きになったりする。
妄想といってもいい。
でも人生ってそれだけという気がしないでもない。
マテリアル的に完全に確かなもの、なんてあるようでどこにもないのだ。

妄想だけが人生です。
# by shinobu_kaki | 2013-01-11 08:42 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)
「君は今という時間、不可避の選択をしますかね」極東ブログ

最近、どうも自分は老いたような話ばかりしている。
今から5年前、35歳の頃にはそんなこともなかった。
人は40歳になると「老い」をイメージするのだろうか。
いや、そんなこともあるまい。
どちらかというと自分個人の生活環境の変化によるところが大きいのだろう。

35で結婚して(その時のエントリ→35)、
子供が生まれることがわかって、郊外に引っ越して、
オリンピック100m走でウサイン・ボルトが優勝した夏に娘が生まれた。
とても素晴らしい体験だったと思う。
それからの4年、自分の人生は明らかに家族をメインに動いていた。
そうしたあれこれが自分に「老い」をことさらにイメージさせた。

老いるとは、何かと総括的になるということで、
わかることとわからないことの線引きをしてしまうような部分がある。
わからないであろうことを「わからない」と措定してしまう。
つまり諦念を発動させる。積極的諦念。
体力の問題もあって「あれもこれも」とは行かないのだろう。
と、枯れたようなことを語るには40歳はもしかしたら早過ぎる。

年を取らない人はいない。
だからこそ人は望んだ形で老いていきたいと願う。
可能性が消えゆく、できないことが増えてゆく中で、
そうした実利的な云々だけではなく、
「ありよう」というか佇まい的な意味で、
自分は自分の望むのに近いかたちで老いていきたいなあと、
かように思うわけである。
# by shinobu_kaki | 2013-01-10 23:31 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
別に文章を仕事にしているわけでもない門外漢だし、
そういう意味では素人なわけだけれど、
例えばこういうエントリをひとつ上げる時にしても思っていることがあって、
それは、
「我が意を得たり、というジャストな修辞を探すこと」
である。

意図そのままでも構わないし、別に比喩でもいいのだが、
(自分を含めた)読み手に読んでもらった時に、
「そうそう、まさにこの言い方」という感触を得てほしいのである。
この一文、というやつだ。

ここで、今朝ふと読んだ文章を引用するのだが、
社員に「ストレス耐性」を求めるのは人道に反する
例えば上記のエントリ。
響く箇所というのは各人によって違うだろうという前提のもとに、
自分が「これだな」と思ったのは、
「壊れにくい部品が欲しい」
というフレーズである。
前後の文脈と相まって、非常にわかりやすいストレートな比喩だと思う。
この無機質なイメージの挿入によって、
「人を人とも思わない思想」というひんやりしたニュアンスが良く出ている。
言いたいことがロジックでなく感触として伝わるのである。
…って、文章内容のシビアさを思えば、
こうした表層的な部分で得心している場合ではないのかもしれないけど。

さて文章は大きく分けると2種類あると思っていて、
それは、文章が伝達目的のための奴隷というか道具になっているものと、
文章自体がある運動をすることによって存在意義を得ているものである。
これらの境界は曖昧かつ混在がちで、
説明しだすとやたらややこしい階層に突入しそうなので今日はここまで。
# by shinobu_kaki | 2013-01-10 09:20 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

期待値と道具化。

研修医の頃からしばらく、24時間どんな救急でも受ける施設でずっと働いていて、近隣で開業している先生がたから電話を受ける機会も多かった。市内にはいくつかの大病院があって、「断る」病院の先生がたは気を使われていて、あの病院に紹介するのは「申し訳ないから」と、搬送依頼はいつもうちだった。

自分の施設にかかってくる搬送依頼は横柄だった。「今ちょっとベッドが厳しいです」と返事をすれば舌打ちされた。「院長に直接電話してもいいんだよ?」なんて電話越しに怒鳴られたこともあった。どうしてうちだけこうなのか、ずっと分からなかった。

休日体制に突入する土曜日の午後、近隣老健施設からの入院依頼が一時期ものすごく多かった。医師会のゴルフ大会前日になると、2週間前からの食欲不振とか、「救急」には遠い依頼が殺到して、満床で断らざるを得なくなると怒鳴られて、電話の応対が大変だった。

病院の方針でそれでも頑張って、結局病棟の看護師さんが疲れて辞めて、病院長が「断る」ことを決断してからほんの数週間、紹介電話の空気は笑っちゃうぐらいに丁寧になった。もう笑うしかなかった。

24時間、どんな患者さんでも受け付けます、断りませんという病院は、頑張るほどに、周囲の施設はそれを単なる道具であると認識していく。便利な道具は頭を使わず利用できるから、利用の履歴が経験として蓄積されない。そうした施設が99人の急患を引き受けてみせたところで、100人目に断られた誰かは「使えねぇな」と舌打ちすることになる。

「制約を身につける」レジデント初期研修用資料




これは非常に身につまされる内容。
制作会社である我々も受注によって成り立つ商売ではあるから、
まず仕事を受けなければ話にならない。
利益がなければ、会社はそもそも存続が難しい。

そうした「身も蓋もない軸」と同時に、
「どういう仕事をする集団(個人)と思われたいか」という軸がある。
そこの堤防をある程度しっかりつくっておかないと、
大雨の川のような勢いをもって仕事が流れ来た時に、
堤防は成り行きにまかせて決壊することになる。
引用元にあるように、何でもやりますよという姿勢が自らの道具化を招く。
クリエイティブな集団としての価値を低下させてしまう。

つまり「その仕事を我々がする理由」が霧消してしまうのだ。

思い出すのは最初に入った制作会社のことである。
そこは、デザイナーが新人の自分を含めた4人ほどで、
社長を含めても全体で7人ほどの小さな会社だった。
ある時、つきあいのある代理店が制作会社にランクをつけている、
という話が人づてに聞こえてきた。
公式なものか非公式なものかはわからない。
だが、明文化されてなくてもこうしたことは今でもあるだろう。
少なくとも個々人の認識の中にはあるはずだ。
そして、当時のうちの会社はCランクだった。かなり低い。
面白いとは言えない風聞に、社内の面々は憮然としたものだった。

しかしながら、今思えば低評価もうなづける。
当時はまさに「なんでもやりますよ」という姿勢で、
徹夜も週末出社も辞さずと実際にハードワークしていたのだが、
「お得意先のパートナーであろう」といった意識が少々薄かった、
もしくは行動として示せていなかったのではないか。

期待値だとか、
相手の中で自分をどういったポジションにおくかといったことは、
人に対する臨み方として非常に重要である。
まず「つきあいが存在する」といった低層的なレイヤーがあって、
次の段階として「どういうつきあい相手か」という認知のレイヤーがある。
その時に「〜はしない」という部分がポイントになったりする。

そしてこれは個人的に思うのだが、
人は「こういうことまでしてくれた」ということで相手を信頼するのではなく、
「こういうことは絶対にしない人だ」という部分で人を判断する。
信頼の質を決定するのはトップではなくボトムなのである。
# by shinobu_kaki | 2013-01-08 13:45 | デザイナーという病 | Trackback | Comments(0)

一年が始まる。

中央を縦に走る奥羽山脈が、東北の気候を綺麗に分けている。
元日、東京発の秋田新幹線こまちは盛岡を通過すると、
方角的には西へぐぐっと曲がり、
それにともなって車窓の風景も大きく変わった。
モノクロームの針葉樹林、突如増す雪国感。
「わー、すごいゆきー」と、娘が何度となく口にする。
これまでは何となくぼんやりと景色を見ていた娘だが、
4歳ともなるとかなり能動的に意見を話してくれるようになっていた。

なんて。

さて、今日は正月休みの最後の夜である。
9連休というカレンダーの恩恵にあずかった日々も終り、
明日からまた仕事の日々が始まる。
今年の抱負は、と言われると別にない。
ちょっと年末にいろいろと思うところがあり、
それを反映すると、今年の抱負は「あまり考えないこと」となる。
もちろんノーアイデアということではなく、
思い煩っても仕方のないことは頭から外してしまおう、
といった程度の意味である。
では「年末にあったいろいろと思うところ」とは何なのかというと、
ものすごく簡単に言ってしまうと無常観である。
詳しく書くことはしないが、
帰省の際、母親から地元の人々の色々な話を聞いて、
なんだかやっぱり誰も彼も大変なのだなあという、
そんな思いを新たにした新年だったのである。

しかしここ数年、月日の経つのが余計に速く感じる。
娘がもう4歳というのもそうだし、
次の3月がくれば僕などはもう41歳になってしまうという事実もそうである。
年齢の割りに自分はどうなのだろうと思わなくもないけれど、
「年齢の割り」なんてものが無駄な思考で、
そんなものは存在しないということもさすがに理解している。
ただその人それぞれのケースがバラバラとあるのみである。
恥じることもないし、誇ることもない。
どうも年を取るにつれてそういうフラットさが自分の中に浮かび上がっている。
というか、そうありたい、ということだと思うけどね。

久しぶりに書くと、書きたいことの5分の1も書けない。
心と頭、それに指先がうまく対応していない、繋がってない気がする。
心とは思いであり、頭とは文章化する機能であり、
指先とは文章を書く作業そのものである。
こういうのは一種の慣れである。
読んでるだけではなかなか書けない。
まして、人の何かを読むことに偏りすぎていると、
どんどん書けなくなるだろう。

さて。

この夜が終わって日が昇ると、
確実に明日は音を立てて始動してしまう。
とりあえずそのことについては観念している。
自分としては、少しでもマシな年にすることしかできないし、
それができれば上等ではないかと思う。
昨年末、厄落としも終えたしね。


では、このへんで晩酌に戻る。
皆様の本年が善きものでありますよう。

新しく始まる年の、休みの終りに。
# by shinobu_kaki | 2013-01-06 21:58 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)
# by shinobu_kaki | 2012-11-06 17:38 | エウレーカ! | Trackback | Comments(2)

雑文2012


(たとえ過去の話と言えど)
8年以上もブログを続けておいてなんだが、
あまりコンスタントに器用に何かを続けられるタイプではなく、
人間関係もまたしかりである。
何かに強烈に向かっていく時期があるとして、
同時にそれまでの物事や関係性をマメにキープ出来るタイプと、
どうしてもおろそかに、
また手薄にしてしまうタイプがあるとすれば、
おそらく自分は後者なのである。
まあ卑近なたとえをするならば
「彼女ができると友達と疎遠になるタイプ」である。
世の中にはそういった状態に陥った人間を指すいい言葉がある。
不義理。


話は変わるが、痕跡の件である。
人は生まれたからには大地に爪痕を残すべしと言われる。
何か生きた証を世に残せというわけである。
その痕跡が何か具体的な形となり、
多数者に受け入れられ価値を認められた時、
人はその痕跡に基づいた肩書きで呼ばれたりする。
画家や作家、音楽家といった
文化的第一次産業とでも言うべきものに限らず、
営業やライター、デザイナーやコンサルタントなども含めた
あらゆる職業がそうである。
生き方はある程度意志によって決定されるが、
それだけではない場合が多い気がする。
なりゆきをかっこつけて言うと運命になるわけだが、
運命はそれほど自選的ではない。
人生は不本意の連続だと思う。
それについての解釈があるだけだ。
ポジティブもネガティブも、本当はない。


「立って半畳寝て一畳」とは良くいったもので、
人間の存在するスペースとしてはせいぜいそのくらいだ。
だが人は、より多くの可処分所得を求めるように、
より広いパーソナルスペースのありようを求める。
平たく言うと広い家に住みたがる。
生きるためのスペースとしてそれほどが必要ではないはずなのに、なぜか?
それは先に書いた可処分所得の例えに答えがある気がする。
まあ、そういうものだ。


生きるにあたって最優先すべきは
「時間」であることは疑いようがないのだが、
何しろ人は時間の外には出られない。
本当の意味で時間をコントロールはできないのだから
(やりくりはできたとしても)、
時間そのものについて考えることに
果たして意味はあるのだろうかと思ってしまう。
宇宙について考えることに似ている。
大きすぎるテーマは考えた気になることができるが、
イシュー的な観点からすると、
もともと答えの出しようのないテーマに思索を巡らせても、
それは考えたとは言えないだろう。
単なる妄想である。
もちろん妄想自体は悪くない。
呼び方が違うというだけの話である。


思いついた考え、いや妄想を書いた。
雑文である。
コメントは不要。
# by shinobu_kaki | 2012-09-10 11:14 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

今年は前厄である。

僕の周りを見ても、また様々な人の書く文章を読んでも、どうも厄年というのは世の中のうちのかなりの人にとって、何か「どすん」とした災厄のふりかかる季節であるらしい。かなり前、少し年上の友人と飲んだ時も「厄年ね。あれは、ほんとうに死ぬかと思ったよ」と言っていた。恐ろしいことである。しかし彼は厄年を結果的に死ぬことなく済ませ、僕とビールを飲みかわしながら昔話として厄年を語る状態にまで持ち直したわけだ。つまり「乗り越えた」のである。そういうケースを目の当たりにすると、厄年というものは確かに恐ろしくはあるけれども命までは取られることはないのかな、という楽観的な気持ちも多少は生まれてくる。まあ友人も厄落としに神社には行ったらしいですけど。

厄年とは何なのか。ざっと調べてみてもそれほど明確な答えが提示されているわけではなく、どこか皆「もごもご」とした言い方でその理由を述べている。曰く「体力的にちょうど曲がり角にさしかかる季節で、身体に変調を来しやすい」であるとか「仕事的にも二十代三十代とノリノリで来て、世代的に中間になりコミュニケーション的な落とし穴が」であるとかがその中身である。正直に言って、わかるようなわからないような感じである。というかわからない。いや、その理由自体を否定しているのではなく、ある年齢になると何もかもが急に上手くいかなくなる、そんなプログラムが人間にインプットされているのか?と思うのである。だいたい個々の性質や人生経験、環境や状況などの個体差を考えだすとそれはあまりに多岐に渡り、一律の「厄年」として共通したタイミングで皆に災厄が襲いかかる、そんな風に考えるほうが不思議な気がする。そう思いませんか?ねえ。

じゃあ前厄を迎えた僕は今どうなのかというと、これは確かに前厄と呼ばれる季節にふさわしいそれなりのトホホ具合に見舞われている。ここで詳しく書くことはコンプライアンスの問題により避けなければいけないが、主に仕事においてだが、過去になかった感じの人間関係的不本意さがあると言えばある。ただこれも認識のマジックのようなもので、「自分は前厄である」という思いがあるからそのように感じるのかもしれない。例えば今、目の前に親が現れて「今になって申し訳ない、お前の生年月日だけれど、実は出生届が間違っていてお前はもう45歳なんだよおお」と泣き崩れるようなシチュエーションがあったとしよう。ないけど。そうしたら僕の「前厄だからコーシテコーナッタ」的な感じ方は根底から音を立てて崩れ去るのである。何の話だっけ。そうそう、気にしているからそう感じられるのではないかという懐疑的な視点は忘れずキープしておきたいということですね。

今年が前厄ということは、当たり前だが来年は本厄である。巷間言われる説によると本厄のほうが酷いことが起こるという。それはそうだ、宝くじだって一等のほうが前後賞よりも高額だ。これは実に怖い。前厄に足を踏み入れてまだ途中だというのに、僕はこれから年単位でこのような恐怖を抱えていくことになるのである。まあしかし、ここは自分の精神的しぶとさを頼りに何とか乗り切るしかないであろう。例え何かが「どすん」とふりかかってきたとしても、「まあしょうがない。何しろ厄年なんだからな」という一種の諦観を持って乗り切り、年下の友人とビールを飲みながら「厄年ね。あれは、ほんとうに死ぬかと思ったよ」と振り返るその日まで。
# by shinobu_kaki | 2012-08-10 00:05 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)

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