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香港疾走 〜天の章〜

走る、走る。
ひたすら走る。息を切らせてとにかく走る。
大きな、道路沿いの歩道を走る。
右手には海と、その向こうに香港島のビル群が見える。
夕方の九龍半島、尖沙咀。
ゆっくりと夜が降りてくる、その直前の薄暮。
空はかすかなオレンジ色だったかもしれないが、
僕にそれを確認する余裕は無い。
急げ、急げ。時間はとうに過ぎている。
それでも僕は一縷の望み、みんなが待っていてくれることを願って、
香港の街を走り続けた。
ホテルまではまだ距離がある。自分の足では遅すぎる。
ふと、タクシー。手を挙げる。
ガードレールをひらりと飛び越え、後部座席に飛び乗ると、
ホテルの名前を2回、告げた。伝わっただろうか?
日本とはほんの少し趣の違うタクシーが、
よたよたと頼りなげに走り出した。

話は1時間半ほど前にさかのぼる。
香港旅行、といってもそれは社員旅行で、
当時50人を数えるスタッフをかかえる会社に所属していた僕は、
恒例の海外社員旅行としゃれこんでいた。
今やその人数も倍ほどにふくれたらしい噂を聞くのだが、
数年前にその会社を辞めてしまった僕としては、
ただただ隔世の感、としか言うほかはない。
その旅行において香港を去る1日前、僕は一人でぶらついていた。
今回は同僚と数人で行動することが多かったのだが、
知らない街を自由にうろつくことに至上の喜びを覚える僕は、
改めて最後の日の夕方にそういった一人の時間を作ったのだった。

頭の上にまで張り出したネオン看板。読めない漢字。
東洋と西洋の中和、という意味では香港はとても日本的だ。
金鐘(アドミラルティ)、銅羅湾(コーズウェイベイ)、
蘭桂坊(ランカイフォン)、中環(セントラル)…。
香港ならではの味わい深くも華やかな地名たち。

2階建ての路面電車にも乗った。お茶も飲んだ。
スターフェリーにも乗ったしお粥も食べた、
地元の女性がサーブしてくれる店でカラオケまでした。
しかし、ホテルからほど近い有名店で前日やってもらった
足ツボマッサージには不満があった。
店頭に大きく日本語で「るるぶで紹介されました!」
などと歌っている店だったが、有名店ゆえかスタッフの数も多く、
人によって施術のスキルにバラつきがあると思われるのだった。
大柄の女店主はおそらく上手とみたのだが、
僕を担当してくれた中年男性はどうやらそうではなかった。
僕は日本とさして変わらぬ料金を香港ドルで支払い、
香港の足ツボマッサージのレベルにおいて、疑問符を抱いていた。
それが昨日の話。

別に、リベンジを誓っていたわけではない。
それにあと90分足らずでホテルに戻らなければならなかった。
社長以下、社員50名による会食が香港島で予定されていたからだ。
観光バスに乗って九龍をひとまわり、そしてそのまま香港島へ渡り、
円卓に別れて中華料理を頂くというスケジュールだった。
少しぶらついたら早めにホテルに帰るつもりだったのだ。
だから昨日のハズレマッサージのすぐそばのビル、
狭い路地の入口に、足のマークの看板を発見したのは偶然だった。

人がようやく一人通れるほどの細い路地。
足元も工事中のような感じで歩きやすいとは言えず、
30メートルほど歩いて入口を発見するまで、
「本当にこんなところに入って来てしまって良かったのか?」
との思いが頭を離れなかった。しかし好奇心が勝ったのだ。
入口をくぐるとまるで病室の廊下のような通路、
エレベーターがあって、さっきの足の看板がある。11階。
あまりの入りづらさに、本当に店があるのか?と迷う。
ええい、ここまで来たら、と僕はエレベーターに乗りボタンを押した。
古いエレベーターがゆっくりと登っていく。
しかし思えばこの時の選択が、すべての間違いの始まりだったのだ。

(香港疾走〜地の章〜へ続く)
by shinobu_kaki | 2005-03-11 09:59 | チープ・トリップ

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by Shinobu_kaki
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