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香港疾走 〜地の章〜

11階に着いたが、白っぽい廊下は変わらない。
それぞれ無理やりパーティションでしきったような館内。
目当てのマッサーは降りてすぐだ。ドアに付いた小窓から覗いたら、
30台半ばだろうか、メガネを掛けてがっちりした体躯、
しかし背は165cmほどの男性と目が合った。半袖の白衣を着ている。
僕は入るかどうか躊躇してから、やっぱりよしておこうと踵を返した。
エレベーターのボタンを押すと、驚くべきことに男性が追いかけてきた。
僕はドキッとしてそのままエレベーターに乗り込んだのだ。
が、男性は同じエレベーターに素早く乗り込んできた。

「待ってヨ」日本語だ。
「日本人、ですネ?」
うん、そうですけど…。
「ウチに来ましたネ?すぐ出来ますヨ」
いや、やっぱりいいと…。
「ドシテ!ドシテ帰るノ、僕は上手ヨ、損は無いヨ!」
うーん…。
「高くないヨ!1時間、1時間で○○ドルヨ、安くするヨ」

エレベーターはゆっくり降りていく。
その間、ひたすら説得する男性、
僕は正直どうかとも思ったが、1階に着く頃にはすっかり説得されていた。
じゃあ、1時間○○ドルでお願いしますね。
「わかタヨ」
エレベーターは一度1階に着いて、もう一度上がっていく。
こうなりゃものは試し。すべては経験だ。
しかし思えばこの時の選択が、すべての間違いの始まりだったのだ。

フットバスと蒸しタオルで足を暖める。
男性はずっとしゃべりっぱなしだ。そして一所懸命。
「ビルの向こうのアの店行ったですカ、あそこダメよネ」
「昔は良かタ、有名になってからダメになたネ、客多すぎタヨ」
「ぜったいボクのほうが上手ネ、やるとワカるネ」
そういえばフットバスも無かったなあ。
「ソー!ソデショ、それダメ、ウチは違ウちゃんとやる」

激しい自己主張に苦笑いをしながら、しかし、
驚くべきことにこの兄さんはとてつもなく上手なのだった。
もちろんツボというツボを心得ているのは間違いないが、
握力と腕力もしっかりあって、痛いながらも気持ちいい。
その加減が絶妙なのだ。思わず声をかける。
「上手ですねえ」
「アタリ前ヨ」
…自信家なのだった。

痛い痛い足ツボマッサージなのだが、
不思議な気持ちの良さに僕はうとうとしてしまっていた。
気づくとマッサージも終盤で、僕はすっかりリフレッシュしていた。
明らかに膝から下が軽いのだった。
「どうもありがとう」
「今度知り合いも連れて来てヨ」
最後まで自己アピールを忘れない若き先生。
1時間ほどの施術なら、今から帰るとちょうど良いはずだ。
夕食の時間だ。ホテルに歩いて帰ろう。バスが来る。
僕は時計を持っていなかったし、なぜかこの室内にも時計はなかったので、
先生に時間を聞いてみた。いま、何時ですか?え?

…バスが来る時間じゃん!

どうやら先生はサービスして、
長めに施術してくれたようなのだった。1時間半くらいだろう。
いつもならとてもありがたい話なのだが、
今回に限りとてもありがたくない話なのだった。
僕は急いで勘定を払うと、エレベーターに飛び乗り、路地を抜け、
九龍の街をホテルに向かって疾走した。
ここは海外、携帯だってない。
みんなを待たせているに違いない。計算外だった。
僕は息が切れるまで走ると、途中で見つけたタクシーに飛び乗り、
ホテルの名前を告げた。

ホテルに着いた。
ロビーにみんなが集まってるかと思ったが、それもない。
予定がずれて、まだ部屋なのか?
急いでホテルの人に聞いてみる。○○という会社の団体ですが…

「みんな行っちゃったよ」

マジかよ、…置いていかれたYO!


(香港疾走 〜人の章〜へ続く)
by shinobu_kaki | 2005-03-11 19:57 | チープ・トリップ

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