世界

C-NET JAPANの「江島健太郎のブログで、
作家の平野啓一郎がこんなことを書いている。

 僕は今、小説を書いていて、本当によかったと思う。
 僕は、親類や友人を含め、小説を通じて、
 初めて自分という人間を、十分に理解されつつある気がします。
 注意深くあえて書けば、それは「本当の自分」なんかじゃなくて、
 要するに、自分という一個の人間の複雑な組成、
 「複数性」を理解されつつあるという感動です。
 それで僕のことをもっと好きになる人もいれば、
 嫌いになる人もいるだろうけど、それは納得のいく好き嫌いで、
 自分の様々な面を抑圧しながら人に好かれるよりはずっといいと思う。
 (2006年5月の記事「新潮6月号の梅田望夫×平野啓一郎の対談を読んで」より)

平野啓一郎は、小説を書くことで初めて、
「ろくでもないようなものの一抱えすべて」である自分を、
「表現し」「理解されつつある」と言っている。
それだけ、リアルなこの世界において、
自分をトータルで理解してもらうことは難しい。

他人が自分について知っていることなんてほんの一部だし、
自分も他人について知っていることなんかほんの一部だ。

人の「印象」というのはその程度のものなのだ。

僕にしても、ある人々を除けば、
実際に会っている姿よりもこのブログのほうがよっぽど「自分」だろう。
平野啓一郎言うところの、
「ろくでもないようなものの一抱えすべて」である自分そのものに近い。

そこに相手がいるから出さない、出せないことってあるものだ。




もっと本を読もう。色々なものを見よう。
広く深く、そして快適なものを探しに行こう。

世界はそこにある。
by shinobu_kaki | 2007-01-31 09:38 | ライフ イズ
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