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下弦の月。

下弦の月がオレンジ色にざらついて見えているのは、
メガネが曇ったせいかと思ったがそういうわけではなかった。
予算のない演劇のわざとらしい書き割りの月のように、
やけにべったりと見える月は鈍色に薄く光って、
終電を降りて歩く僕の歩みに合わせて空を移動した。

月は直径約3500kmの球体で、空に浮いている。
そう思うととても怖い。怖いというか奇妙だ。
「巨大なものが怖い」僕としては、月は一種の恐怖対象ということになるのだが、
こうして見ている分には、そういったことを忘れてしまう。
あんなに明るいのに実は太陽の光を反射しているだけだということとか、
さらに言えば、浮いているのは空ではなく40万kmほど遠くの宇宙で、
欠けているように見えるのは単に光が当たってなくて影になっているだけだとか、
そういったあらゆることを時々忘れてしまうのだった。

出向期間を終えて、もといた会社に戻って約一週間だが、
予想はできたこととは言え忙しい。ここのところ帰りはほとんど終電だし、
ほんの少し帰り時間がずれ込んでしまったために、
タクシー帰りになってしまった日もある。
交通費は出ないので、タクシー代が自腹になってしまうのがつらいところだ。
その日は初老のタクシードライバーとずっと話をしながら帰った。

ひとつの技術として「初対面の人に対する会話OKの物腰」というものがある。
それは相手の発言に対する呼吸だとか姿勢だとかがポイントで、
話したい、話してもいいですよ、というオープンマインドなオーラを、
全身から発するのである…というほど大袈裟なものでもないのだが、
タクシーに乗った僕はそんな技術を発揮しつつ会話をしながら帰った。
天草四郎で有名な島原あたりの出身の人で、話も面白かった。
こういう人と話すと、年をとるのも悪くないと思える。
ただ、僕は免許もないしタクシーの運転手になる未来があるかどうかは分からない。
体力と、継続した集中力がないとできない仕事だとも思う。
タクシーは後部座席にのんびり座っている側がいいな。

前にも書いたが、松岡正剛「17歳のための世界と日本の見方」を読んでいる。
室町時代の人物、世阿弥についての話があった。能を大成した人だ。
「世阿弥は当時のスーパースターだった」とある。
これはどこかで聞いたフレーズだ。
そうだ、いつか森永博志が誰かとの対談で言っていたのである。
松岡正剛といい森永博志といい、編集者は世阿弥が好きなのか、
編集者として森羅万象探っていくと世阿弥に行き着くのか、それはわからない。
あの古田織部の話も出てくる。
古田織部に関しては、週刊モーニング連載「へうげもの」に詳しい。
ちょっと酔狂でマッドなほどに過剰な、歴史に名を残す粋人たち。
きっと彼らは、そうとうに激しい人々だったに違いない。
ちょっと友達にはなりたくない感じである。
まあ、世阿弥や古田織部が友達になってくれるとは思えませんけど。

午前2時半過ぎ。こんな時間にビールを飲んでいる。
眠いのだが、ここ数日の疲労もあり、ちょっと飲みたい心持ちだったのだ。
身体や心がビールを欲している。そういう時ってあるよね。
そんな時のビールは単なる飲み物を超えている。
by shinobu_kaki | 2007-02-09 02:39 | ライフ イズ

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